お見合い記念日

2021-02-25

「カコミエール」というアプリで時々自分の過去を眺めている。どんなアプリかというと、例えば今日は2月25日なんだけど、過去の2月25日に自分がしたツイートや撮った写真を表示してくれるというもの。ほかで代用できそうな気もするけど、手軽なんだよね。

3年前の今日は、とある洋食屋でピザを食べたことが写真からわかるし、

5年前は、当時担当していた地方紙のある小さなコーナーのイラストのラフを書いていたらしいことがわかる。

(ちなみに完成形がこれ)

7年前は大好きな犬をなでていた(今はもういない)。

そして、さかのぼること9年前。

私は知らない人とお見合いをしていた。

 

その数ヶ月前、叔父の葬儀が執り行われた典礼会館。帰り支度をしていた私めがけて上品そうなご婦人が近づいてくるなり「あなた素敵ねえ!」と声をかけてきた。当時の私はまだ痩せていて、細身のパンツスーツ(喪服)にショートカットといういでたち。素敵に見えたなら嬉しいが、その時は嬉しいと思える状況でもなく、ご婦人の強引さに面食らっていた。どうやら叔父の方の遠い親戚らしかったがまったくの初見。叔母から説明を受けてもピンと来ず、愛想笑いを浮かべていたら「ねえ、あなた独身?」と聞かれた。ずいぶん踏み込んでくる人だなと思いながら「まあ、はい」と答えると「あなたにちょうどいい人がいるのよ!」とおっしゃる。うへぇ、このテの話かぁ(うぜえ)と思いつつ「実はあまり…興味がないもので、ははは」とお断りのニュアンスたっぷりに困り笑いで返すも、「一度会ってみるだけいいじゃない、ね! 取り持ってあげるから!」とかなんとか、とにかく物凄いスピード感と威圧感で丸め込まれてしまった。私の母や叔母もその場におり、最初はだいぶ気圧されていたが「まあ、いいんじゃない? 会ってみるだけ」みたいな態度でやんわり加勢してきて、私はもうお手上げだった。

言葉は悪いが「おせっかいばばあ」がいまだ健在であることの感慨に耽りつつ、まあ結局はあの場だけの話ということで、パッと立ち消えになることを密かに期待していた。母には「もし連絡がきたら断っておいて〜」と伝えてあったし、なにしろ私にはその気がまるでなかった。顔も知らない向こうの男性だって、おせっかいばばあからよく知りもしない私のことを知らされたところで乗り気になんてならないだろう。

どうやら何度か母とおせっかいばばあとでやりとりがあったらしいが、私は頑なに「お断りで!」の姿勢を崩さなかった。しかし、ばばあは強く、母は弱かった。

2月25日、○時にどこどこの「○×」という店で。

というメモを見た時「はあぁ!?!?!」と声が出た。

決定事項だった。向こうの見知らぬ男性も「まあ一度会ってお食事ぐらいなら」ということらしかった。でもその感じ、ノリノリではないよね、私にはわかる。ノリノリではなくタジタジである。向こうもおせっかいばばあの被害者なのだと思った。

2月25日。その日は来た。お見合いという体だがかしこまったものではなく、場所はちょっといい感じの居酒屋。立会人もなし。私は愛用のデジタル一眼を持ち、登山靴にリュック、時計はG-SHOCK(BABY-Gですらない)。服はなんだったかな忘れたな、とにかく「お見合い」という格好でなかったことだけは確か。色気もへったくれもない、普段の街歩きスタイルだった。

どちらが先に店に着いたのかも覚えていないが、とにかく初対面!となった。相手は、見た感じとても普通の人だった。悪い人ではなさそう。中肉中背、どちらかといえば華奢な方だったと思う。白いオックスフォードのボタンダウンシャツを着ていた。清潔感があり、ベーシックアイテムながらオシャレには気を使っていそうな感じ。私の持ち物を点検するような視線の動きを感じて、この人の関心事はまだファッションなんだな、と思ったのを覚えている。「まだ」と思ったのには理由がある。私にはかつて、人をファッションだけで判断していた時代があった。そのせいで、この人はまだファッションで人を判断しているのだなと感じたのだ。まあ、それしか判断材料がなかったとも言えそうだけど。

最初はお互い「ははは(なんか強引に)、ね〜(セッティングされちゃいましたねえ)」という不本意感丸出しだったが、とはいえこの場をどうにかしないといけないので、普通に、何食べます?とか嫌いなものあります?とかお酒はけっこういけますか?などのやりとりを経て、出てきたのがこれなんだけどさ…

これは…前菜かな? お通し?黒いのは石炭じゃないよね。

正直なにを食べたのか全く覚えてないんだよねえ。何を話したのかはうっすら覚えてる。確か私より2〜3歳年下で、家の商売を手伝っていて、ゆくゆくは後を継ぐらしかった。それから趣味のカメラの話と(撮る写真は明らかに違うジャンル)、東京の話。関わっているというイベントの話や山の話。アウトドアウェアの話。

これってお見合いなのかな。

一応体裁として彼氏彼女いるんですか的なことも聞いた気がするけど、お互い「いないっすね」と言ったきり特に何もなく。なんかもう見た瞬間「別に(恋人)いらない人じゃん!」って思ってしまったんだよな。向こうも多分そう思っただろうし。話を聞いていると、男友達とワイワイ遊ぶのがとにかく楽しい!自由最高!独身謳歌!っていうのが見えてきて、私も実際そんな感じだったし、お互いの世界でそれぞれ自由を満喫しましょうね!というトーンに終始した。

また何かあったら連絡を、って一応メールアドレスは交換したけど、帰宅後に社交辞令的な「今日は楽しかったです☆」メールを送ったのかどうだったのか、それさえ思い出せない。数ヶ月経った頃、ふいに「おひさしぶりです」とメールが来たけれど、その内容は、自分が手伝っていたイベントが近々開催されます、ゲストも豪華なのでよかったらぜひ。みたいな。イベントのリンクが貼ってある宣伝っぽいメールだった。私はそれに返信したのだろうか?「行けたら行きます」ぐらいは返したのかな。覚えてないや。

カメラ持ってきたし一応…と思って、居酒屋で相手の顔を撮らせてもらっていた。だけど写真の整理をするたび目に入るとなんとなく気まずくて、そのうちその写真だけ削除してしまった。決して悪い人ではないのだけれど。そんなこんなで残ったのがこの、なんだかわからない前菜風の写真というわけ。

顔も名前も見事に忘れてしまったけれど、私のお見合い相手さん、どうかどこかでお元気で。