こんなこと

2022-03-24

絵の教室へ通っていた頃、私よりもずいぶん長くそこに通っていた女性が「もうこんなことをしていられないから」と言ってやめていったことがあった。最後の日に喫茶店でささやかなお別れ会を開いたのだが、彼女の心はもうこの場にないような感じで、さっさと帰りたそうだった。なによりも気になったのは、私たちをうっすら蔑むような気配だった。

「もうこんなことをしていられないから」の「こんなこと」に楽しく興じたり目標達成のために努力している人たちを前に「こんなこと」と言ってしまえる感覚に冷え冷えとしたものを感じたし、これほど長く在籍して先生からの信頼も厚く、人一倍頑張ってきただろう彼女が、長い悪夢から覚めたかのように古巣を足蹴にして飛び出して行ったのはどういう気持ちだったのだろうか。

彼女が出ていってしばらくして、先生がぽつりと「あの子にはかわいそうなことをした」とこぼしたことがあった。もっと上の技術を教え込み、育てた上で巣立たせることができなかった、というニュアンスだった。果たして彼女は画家を目指していたのだろうか? 「先生に」「画家にしてもらいたかった」だけじゃないのか。

役に立つ資格を取って、よりよい会社に転職できただろうか。長年打ち込んできた絵を切り捨てた先にどんな景色が見えたのだろう。