君たちの仲間だよ、っておどけた顔ですり寄ってくる人には安易になびかないほうがいいよ、中身はただの悪魔だから。
日記
2021-01-14なにでなにをどう撮っても、それなりにちゃんと「写ってしまう」この時代にあって、私は逆に「写らない写真」のほうに興味が出てきてしまった。当然の成り行きって感じもするけどね。ちゃんと写らない、ブレる、ピントが合わない、暗所に弱い、白飛びもひどく、色もなんかおかしい。とかね。そういう、リサイクルショップで500円で買えるようなカメラを通して世界を見たらどんな感じかなって。若い人がラジカセ新鮮〜!フィルムカメラ新鮮〜!っていうのとは訳が違うんだけど、足りなさって愛しいよな…などと思ったりもして。
ただの逃避かもしれないけど。
まあ早くカメラ買えよって話なんだけど。
でも、ちゃんと写るってことに力点置きすぎてたかもと思う。自分が撮りたいものが撮りたいように写ってたらいいわけだからさ。いや、自分でも意図しなかった瞬間が撮れるのも写真の醍醐味だよなあ。
むーん。
なんかほんと写真のことばかり考えてていやんなっちゃうな。だから時々本読んだりすると気持ちがいいんだよね。写真以外の言葉で満たされる感じがして。
さっさとカメラ買おうね。
穏やか
2021-01-08偶然が偶然じゃないことばかりで「はー、やっぱりそうなんだな」ということの連続。
今すごく大変だよね、世の中。わかる。でもなぜか私は気持ちがとても穏やかで、いやもちろん仕事中イラッとすることがないわけじゃないんだけど、私の中心に「穏やか」がどっしりと居座っていて、てこでも動かないって感じで笑ってるんだよね。なにこれ。なにこれって思ってたら、たまたまおすすめに上がってきたYouTube動画に「今、なんだかわかんないけど穏やかな気持ちになってる人、あなたは大丈夫です」って言われて、へぇ〜っとなったりして。
チョコレートってふだん食べないんですよ。嫌いってわけじゃないし、むしろ東京時代、銀座のピエール・マルコリーニまで行って並んでチョコ買うような人間だったんですけど、ある時期からまったく食べなくなって。でも最近ふと「チョコレート食べたい気がする」って思って。板チョコみたいなシンプルなやつ。そしたら今日お手紙くれた人が六花亭のちいさな板チョコみたいなやつ同封してくれてたんです!すごくないですか。
すごく嬉しくて。
そういうことが本当にぽこぽこ起こる。ぜんぜん不自然じゃない感じで、するするっと自然に起こっていて、私もそのたびに小さく驚いてみるんだけど、なんかあまりにも自然すぎるから「ほわっ」て感じなんだよね。昔みたいに「奇跡だー!」とか叫ばなくなったよね、全然。奇跡ってちょいちょい起こってるもん。
特別安心なことがあるわけじゃないし、すごくいいことがあったわけでもないし、自分が大きく変わったわけでもない。コロナは大変だし行動は制限されるしマスクつらいし国はガッタガタだし。でもなんか、暗いニュースにも本気になれないっていうか、怒りもするけど「ま、そうだよね」って感じで、もともと誰にも期待していなかったんだし、ま、そうだよねって。どんどん、どんどん、心が穏やかになっていって、不安や心配がないわけじゃないはずなのに、どっしりと穏やかなんだよね。
でね、それを否定しないんです。だって、いいじゃん。なんだかわかんないけど穏やかで、悪くない気分なんだから。そうして存分に「穏やか」を味わってる。
最近わかったことは、私たちがいかに「意識」に踊らされてるかってこと。振り回されているというか、支配されているといってもいい。ただ身を委ねていればいい時でも自分の意識が邪魔をする。言い換えれば、「自分の意識しか邪魔しない」んですよ! 誰にもあなたの人生の邪魔はできない。
あなたを否定できるのはあなただけだし、でもそれが一番つらくてバッドだからやめたほうがよくて、「ある」ものは「ある」んだから、いいんだよ付き合っていけば。だーれも否定してない。いいとか悪いっていう話でもない。ただそうあるだけだから。それも実は自分で選んでそうなってるだけだから。
意識の邪魔者が出てきたら追い払えばいい。案外簡単に追い払える。(自分だから)シッシッ。悪魔がいるとしたらそれは自分自身だ、と私は思う。逆もしかり。神がいるとしたら、それは自分だよ。
明日から三連休。夜ちょっとお酒飲んじゃおっと。

日記
2021-01-07メルカリ
2021-01-06ずっと探している写真集があり、時々メルカリをのぞく。べらぼうに高い値がつけられたものが一冊。これはいくらなんでもないわーと思いつつ出品者の「その他の出品」を見てみる。名だたる面々の貴重な写真集を安くない価格で出品して、しかも売れている。それでいて、貧乏くさいニットや綾小路きみまろのDVDなんかも出品している。
メルカリってさ、その人が手放した人生の輪郭が浮かび上がってきて、見ててちょっと辛くなってくるんだよね。。
以前も、デザインの良書の数々を出品している人の「その他」をのぞいたら、育児本とかベビー服なんかがあって、ああ、結婚出産を機にデザインの仕事をやめたのだろうな、と想像できたり。ま、わかんないけどね。
なんか、悲しいんだよね、メルカリ。やろうやろうと思って私はまったくやれてないんだけど。もしやったら、自分が手放した「自分」が見えてきて悲しくなるのかもしれない。(案外、不用品がお金になった!って喜ぶだけかもしれないけどね)

日記
2021-01-04ほどほどに
2021-01-03新年あけましておめでとうございます。
いかがお過ごしですか。
ぼーっとTwitterを流し見ていたら、誰かがリツイートしたややバズりツイートが回ってきた。子供が書いた無邪気な詩に選者評がつく、という新聞記事を装っている。7歳の子供が書いたとされる詩の言い回しからすでに違和感。選者がSMクラブ経営者っていう時点でありえないし編集部注もわざとらしい。もちろん出典も明記されていない。明らかに創作であるのに、そのツイートにぶら下がっているリプライや引用リツイートは、それが「事実」だという前提で展開されており、吐き気がした。
危ないと思うよ。こんな人ばかりじゃ。
その詩のタイトルや選者の名前でググればすぐに出どころがわかるというのに、おかしいと思って調べる人もいないのだろうか。小説家を目指して(?)ネットに細々と創作物をアップしている素人が2012年に創作したものだとすぐにわかった。この画像だけが一人歩きし、あらゆる場所にペーストされたのだろう。
「それがなにか」を確かめようともしない、「それがなに」であるかどうでもいい無邪気な人たちが多いということなのか。新年早々がっかりしてしまう。いや、昨年までなら、なんかまあそういう人たちもいるんだな、ずいぶん素直な人たちだなと思って終わったのだろうけど、なんかもうそういうの嫌だなと思えるようになったし、嫌だなと今年は言っていきたい。
これじゃあデマに踊らされるわけだよ。影響力のある人や自分が信じている人の言うことを疑いもしない。自分の頭で考えずに誰かの考えの影に隠れているのはさぞかし楽だろうね。
昨日の「逃げ恥」、私は制作者や演者たちの心意気を感じたし、社会問題盛り込みすぎの感はあるにせよ、今これをちゃんと言わないと!という強い意志を感じた。でありながら楽しく、ほろりとさせる仕上がりになっているのはすごいと思ったのだったが、インフルエンサーの某爪さんが難色を示し、自分のオンラインサロン(一ヶ月500円で入会しなければならない)に逃げ恥評をアップしていて、なんじゃそりゃと思ってしまった。普通に書けよ、、あんたのサロンに金払いたくないんだけど、、というわけで読みません。
あーあ、Twitterなんか見ない方がいいですね笑
結論それになっちゃった。
うん、今年の目標一個思いついたぞ。
「食べすぎない」
食べ物もそうだけど、Twitterでもなんでも、食べすぎないということ。ほどほど。一つのことはほどほどに。バランスよく。
というわけで今年もよろしくお願いいたします!!

