フラフープ続報

2021-03-13

以前、フラフープを買ったものの全くうまく回せない、ということを書きました。とっくにやめてしまっただろうとお思いの方もいらっしゃることでしょう。続報をお伝えします。

ぐるんぐるん回しております!!

え、一生回せるんじゃないの!?っていうぐらい普通に回せております。何かの待ち時間とかちょっとした隙間にぐるんぐるんやっております。ただただ楽しいです。

一時は「このフラフープが悪いんじゃないのか」などと物のせいにするところまで行きましたが、悪いのは私でした。

全然できなくて「クッソ〜!」と思いながらも毎日続けて5日目ぐらいですかね、「あ、わかる」ってなったのは。それまではYouTube動画見たり、どうしても回せない人へ!みたいな解説を読んだりして頭でっかちになってたんですけど、ある日、自分の体に聞けば良くね?って思ったんですね。

フラフープの回転と自分の体の動きだけに意識を集中させてみたら「おおっ」と思う感覚があって。なおも続け、「おおっ」が「おおおっ!」になって、「これかあ!」と変化していきました。自転車に乗れるようになった時の感じかなあ。「なんでできないんだろう」に意識が向いちゃってると、だいたい出来ないですね。絶対にできるはずなんだから、自分の体の感覚に任せてみようって思ったらできるようになりました。面白いもんだね。もちろん情報を入れたり頭でっかちになる過程も必要だったんだけどね。

YouTubeの解説動画が無駄だったとは言わないけれど、人それぞれの感覚ってあって、ただ「腰を回すのではなく前後にリズミカルに動かす」と言われても体の動きといまいち結びつかなかったんです。言葉ってむずかしい。言ってることは正しいんだけどね。なので、プロが教える詳しい解説つき動画よりも、ふつうの素人さんがなんの解説もなしにただ練習してできるようになった動画とか、子供がただ楽しく回してる動画のほうが私には合っていたようです。

こういう体を使ったテクニックを教える時、実はもっと抽象的な表現のほうが響くんじゃないかなーって気がする。イマジネーションに訴えかける言い方っていうかね。あとインナーマッスルを強くするの大事だなと思いました。そこがぐにゃぐにゃだとそもそも回せないんじゃないかと思う。

最近は雪解けが進んで日も長くなり、退勤後に少し散歩できるようになったのは嬉しい限り。鬱っぽくなりやすい人によく言われるアドバイスとして「歩け!運動しろ!筋トレしろ!」というのがあるんですけど、ほんとだなーと思いますね。パスカルも言ってるよね、人間はあらゆる職業に向いている、向いていないのは部屋の中にじっとしていることだけだ、って。動けるのにじっとしていると病むのもやむなしっていうかね。(ダジャレ)

家の中で手軽にできるし音もしないし、フラフープ、おすすめです。

日記

2021-03-11

少し前、インスタのストーリーで、ある展示について厳しめのことを長文で書いたんだけど(ついに私もそんなことするようになったか…という感慨は置いといて)、まあ怒りが熱いうちに書いちゃって、私の気持ちとしてはとにかく県外からわざわざ見に来ようとしている人に「来ないでください!!」と注意喚起したかった気持ちが大きく、あとは写真愛が強すぎるので(写真展だってバレちゃったね)、ダサい展示やるならやらないほうがマシだよ!と思ってしまったからなのでした。

その後に新聞で紹介されていたことを知って記事を読み、読んだら「そういうことか」ってわかったけど(SNSを知らない地元の高齢者たちにも写真を見てもらって場所などの情報がほしいということだったらしい)いやでも、だとしたらタイトルとかもうちょっと配慮が必要だったんじゃないかって。「○○○○ 写真展」ってつけちゃダメよ。「○○さんの押入れから見つかった あの日の青森 なつかし写真展」とかにしないとね。SNSではお知らせしないようにするとか、注意書きを添えるとかね(地元高齢者からの情報収集のための展示です、とかさ)。あとタイミング。今このタイミングでやらなくても良くない?と思ってしまった。急いでたのかなあ。ほんとにお粗末な展示なんですよクオリティ的に。せめてプリントもうちょっとどうにかならんかったのかな、、アマチュア写真家ですらもうちょっといいプリント作れるよ。できないならキタムラに出したっていいのに。ほんとに写真わかる人がいなかったんだろうな。。もしネガから印刷できなかったんだとしても、なんならjpegからでももうちょっとマシにプリントできるよ。写真が泣いちゃうよ。って気持ちは今も変わりません。

おっかないねえ。

こんなこと書いたら諸刃の剣なのに。それでもそれを上回る写真愛があってな。すまんね。

関わっている人がたくさんいることも、それぞれの人が善意で動いていることももちろんわかってますよ。でもね、それで完成したのがこの展示!?ってやっぱりなっちゃうんで。わからないなら写真の扱い方や写真展に詳しい人を一人でもアドバイザー的につけたらよかったんですよ。たくさんいますよ、青森県内にだって。

まあいいや。

文句言う人が悪者になる世界わかります。でも善意の人たちの怠慢と暴力もまたありますよね。私は大嫌いです。

こういうこと言うと気持ちがスッとするように思うでしょ?全然ですよ。ずっとモヤモヤするんです。でも言わなきゃいけないことだと思ったので。

言い方はもうちょっとなんかあったよね。そこはすまんかったね。

いやー、でもなー、敢えてストレートに言わなきゃ伝わらないこともあるからな。。

私は今まで怒りをうまく表出できなかったから、よしとするしかない。よしとする。

青森の懐かしい写真ってだけじゃないんだよ、あの人の写真は。でもとりあえず最初はそうなっちゃうの仕方ないよ。理解できる。だってそういう土地だもん。仕方ない。ヴィヴィアン・マイヤーみたいにはいかない。だってあれすごいエネルギーいるもん。ちょっとお手伝いしまーす、という気分でできるもんじゃない。人も動くしお金も時間もかかる。だから、だからこそ!早急に適当にダサいことしないでくれよー!って思うじゃん。思ってもいいじゃん。私はそう思ったよ。昔の青森を懐かしみたい人がそれなりに楽しんでいることも知ってる。それはそれでいいと思う。でも私はあの人の写真が素晴らしいと思っているので、そこに光を当ててほしいって思ってしまう。そこに光が当たっているとばかり思っていたんだよ。事実、SNSですぐれたスナップ写真を撮る人たちが絶賛して広まったようなものだし、そういう文脈で語られるべき作家だと思ったんです。それが、なんかいつもの田舎の悪い癖っていうか、そういうぬるい感じになっちゃって、歴史・民俗資料的なもので終わらせてほしくはないんだよなあ。

写真集出るみたいだけど、期待してたけどやっぱりなんか「青森」を外せないんだなーというのが見えて期待半分になっちゃった。まあ買うとは思います。写真がいいので。

うまくいかないもんだね。何も関わってない外野のお前が偉そうに言うな、って思う人もいるんだろうなー。でもじゃあ誰が言えばいいの?ずっとこんな悲しい状況放っておいてもいいのかな。いいんだろうね。放り続けてきたのが今なのか。そうか。知らんわ。私は好きなこと言うから。

どんどん広がっていけばいいんだと思うんだよ。郷土資料にしておくにはもったいない!と思う人が別の角度で写真集作ったりしたらいいと思うしそうなってほしい。と思っておくしかないね。写真に宿っている力が、人を動かすかもしれないじゃん。わかんない。すいません。私は家族でもなんでもなかった。すいません。いいものを腐らせることに耐えられないだけ。私の心配をよそにどんどんいい感じて発展していってほしいです。お願いします。

お見合い記念日

2021-02-25

「カコミエール」というアプリで時々自分の過去を眺めている。どんなアプリかというと、例えば今日は2月25日なんだけど、過去の2月25日に自分がしたツイートや撮った写真を表示してくれるというもの。ほかで代用できそうな気もするけど、手軽なんだよね。

3年前の今日は、とある洋食屋でピザを食べたことが写真からわかるし、

5年前は、当時担当していた地方紙のある小さなコーナーのイラストのラフを書いていたらしいことがわかる。

(ちなみに完成形がこれ)

7年前は大好きな犬をなでていた(今はもういない)。

そして、さかのぼること9年前。

私は知らない人とお見合いをしていた。

 

その数ヶ月前、叔父の葬儀が執り行われた典礼会館。帰り支度をしていた私めがけて上品そうなご婦人が近づいてくるなり「あなた素敵ねえ!」と声をかけてきた。当時の私はまだ痩せていて、細身のパンツスーツ(喪服)にショートカットといういでたち。素敵に見えたなら嬉しいが、その時は嬉しいと思える状況でもなく、ご婦人の強引さに面食らっていた。どうやら叔父の方の遠い親戚らしかったがまったくの初見。叔母から説明を受けてもピンと来ず、愛想笑いを浮かべていたら「ねえ、あなた独身?」と聞かれた。ずいぶん踏み込んでくる人だなと思いながら「まあ、はい」と答えると「あなたにちょうどいい人がいるのよ!」とおっしゃる。うへぇ、このテの話かぁ(うぜえ)と思いつつ「実はあまり…興味がないもので、ははは」とお断りのニュアンスたっぷりに困り笑いで返すも、「一度会ってみるだけいいじゃない、ね! 取り持ってあげるから!」とかなんとか、とにかく物凄いスピード感と威圧感で丸め込まれてしまった。私の母や叔母もその場におり、最初はだいぶ気圧されていたが「まあ、いいんじゃない? 会ってみるだけ」みたいな態度でやんわり加勢してきて、私はもうお手上げだった。

言葉は悪いが「おせっかいばばあ」がいまだ健在であることの感慨に耽りつつ、まあ結局はあの場だけの話ということで、パッと立ち消えになることを密かに期待していた。母には「もし連絡がきたら断っておいて〜」と伝えてあったし、なにしろ私にはその気がまるでなかった。顔も知らない向こうの男性だって、おせっかいばばあからよく知りもしない私のことを知らされたところで乗り気になんてならないだろう。

どうやら何度か母とおせっかいばばあとでやりとりがあったらしいが、私は頑なに「お断りで!」の姿勢を崩さなかった。しかし、ばばあは強く、母は弱かった。

2月25日、○時にどこどこの「○×」という店で。

というメモを見た時「はあぁ!?!?!」と声が出た。

決定事項だった。向こうの見知らぬ男性も「まあ一度会ってお食事ぐらいなら」ということらしかった。でもその感じ、ノリノリではないよね、私にはわかる。ノリノリではなくタジタジである。向こうもおせっかいばばあの被害者なのだと思った。

2月25日。その日は来た。お見合いという体だがかしこまったものではなく、場所はちょっといい感じの居酒屋。立会人もなし。私は愛用のデジタル一眼を持ち、登山靴にリュック、時計はG-SHOCK(BABY-Gですらない)。服はなんだったかな忘れたな、とにかく「お見合い」という格好でなかったことだけは確か。色気もへったくれもない、普段の街歩きスタイルだった。

どちらが先に店に着いたのかも覚えていないが、とにかく初対面!となった。相手は、見た感じとても普通の人だった。悪い人ではなさそう。中肉中背、どちらかといえば華奢な方だったと思う。白いオックスフォードのボタンダウンシャツを着ていた。清潔感があり、ベーシックアイテムながらオシャレには気を使っていそうな感じ。私の持ち物を点検するような視線の動きを感じて、この人の関心事はまだファッションなんだな、と思ったのを覚えている。「まだ」と思ったのには理由がある。私にはかつて、人をファッションだけで判断していた時代があった。そのせいで、この人はまだファッションで人を判断しているのだなと感じたのだ。まあ、それしか判断材料がなかったとも言えそうだけど。

最初はお互い「ははは(なんか強引に)、ね〜(セッティングされちゃいましたねえ)」という不本意感丸出しだったが、とはいえこの場をどうにかしないといけないので、普通に、何食べます?とか嫌いなものあります?とかお酒はけっこういけますか?などのやりとりを経て、出てきたのがこれなんだけどさ…

これは…前菜かな? お通し?黒いのは石炭じゃないよね。

正直なにを食べたのか全く覚えてないんだよねえ。何を話したのかはうっすら覚えてる。確か私より2〜3歳年下で、家の商売を手伝っていて、ゆくゆくは後を継ぐらしかった。それから趣味のカメラの話と(撮る写真は明らかに違うジャンル)、東京の話。関わっているというイベントの話や山の話。アウトドアウェアの話。

これってお見合いなのかな。

一応体裁として彼氏彼女いるんですか的なことも聞いた気がするけど、お互い「いないっすね」と言ったきり特に何もなく。なんかもう見た瞬間「別に(恋人)いらない人じゃん!」って思ってしまったんだよな。向こうも多分そう思っただろうし。話を聞いていると、男友達とワイワイ遊ぶのがとにかく楽しい!自由最高!独身謳歌!っていうのが見えてきて、私も実際そんな感じだったし、お互いの世界でそれぞれ自由を満喫しましょうね!というトーンに終始した。

また何かあったら連絡を、って一応メールアドレスは交換したけど、帰宅後に社交辞令的な「今日は楽しかったです☆」メールを送ったのかどうだったのか、それさえ思い出せない。数ヶ月経った頃、ふいに「おひさしぶりです」とメールが来たけれど、その内容は、自分が手伝っていたイベントが近々開催されます、ゲストも豪華なのでよかったらぜひ。みたいな。イベントのリンクが貼ってある宣伝っぽいメールだった。私はそれに返信したのだろうか?「行けたら行きます」ぐらいは返したのかな。覚えてないや。

カメラ持ってきたし一応…と思って、居酒屋で相手の顔を撮らせてもらっていた。だけど写真の整理をするたび目に入るとなんとなく気まずくて、そのうちその写真だけ削除してしまった。決して悪い人ではないのだけれど。そんなこんなで残ったのがこの、なんだかわからない前菜風の写真というわけ。

顔も名前も見事に忘れてしまったけれど、私のお見合い相手さん、どうかどこかでお元気で。

日記

2021-02-23

フラフープを買った。

子供の頃よく遊んで得意だったんだ〜!ということもないくせにフラフープを買ってしまった。その理由はおもに運動不足解消である。今はYouTubeさえあればいくらでも方法が見つかるので早速「フラフープ コツ」で調べる。動画をいくつか見てみる。ほう、腰をくねらせるのではなく前後に押し引きするのだな。試す。3回転半ぐらいで地に落ちる。これは…

むずかしいな

祝日の今日、ずっとフラフープをやっていた。突然コツがつかめる瞬間もある。のだが長続きはしない。なぜ。そもそもの体幹が弱いのではないか。

また別のYouTube動画を見る。自称運動音痴のぽっちゃりした女の子の動画を見つける。ははん、この人はきっとフラフープ苦手だろうな。私のように無様な動きを見せるに違いない。と失礼なことを思いつつ見る。力んでいる様子もなくゆらゆらとフープを回し続けている。しかも屋外で、着膨れした格好で。何分も回し続けている。すごい。私は一体どうすれば…

せいぜい5回ぐらいしか回せないのを何度も何度も繰り返す。汗が吹き出る。水分補給。また回す。落下。上手い人はリズミカルで腰も膝もそんなに動いていないように見える。なぜ。

やりすぎて頭が痛くなってしまい、ダウン。

それでもまだ「やりたい」という気持ちが湧いてくる。フラフープ、やばいね。中毒性がある。早く5分とか回し続けられる人になりたい。回しながら漫画読んだりしたい。ああ…

日記

2021-02-17

長い文章を書き切る気力がなくてブログには下書きばかりがたまっていく。今日は風が強すぎる。私は青森の海沿いのこの風の強さが本当に嫌いである。我慢できずにここを出ていくとしたら一番の理由はそれだと思う。まあ今日はここだけではなく広範囲で強風・暴風らしいが。胸がかき乱されるというか、そわそわ落ち着かず、イライラまでしてきて、私の精神に「強風」「低気圧」が悪影響だということがわかる。ほんとうに気が狂いそうなんだけど。

帰宅してから布団をかぶって寝てしまっていた。

ごはんを食べたら少し持ち直したがまたダメだ。今日はもうダメだ。あきらめよう。

今更Netflixで『愛の不時着』を見てハマり、毎日楽しく暮らしていたがそれももう昨日で終わってしまった(私はこういうのをさっさと見てしまいたくて見てしまうのだ)。韓国ドラマの法則というかツボみたいなものがわかった気がする。一話が長いので最初はダルかったがハマってくるとその長さがたまらなくなる。世界観どっぷり。最終話、急いでここまで見てきたくせにこの世界観の終わりが悲しくてチマチマ見ていたら全然終わらないんだけど!?と思ったら通常回より30分も長かった。いいね。たっぷり満喫した。このドラマは難しいテーマでありながら重苦しいトーンではなく(見る前は完全にシリアスなドラマだと思ってたんだけど)、楽しめた。食事のシーンがまたいいんだよね。キャスティングもぴったり。あと韓国の俳優さんたちって演技うまいんじゃないかなーと思う。泣きのシーンが多いから女優さんは大変そうだけど、なんかそれも嘘っぽくなくて、ほんとに化粧とれちゃう感じっていうか目や鼻を真っ赤にして毎回泣いていて、もらい泣きしないわけにいかないんだよね。(私も毎回目を腫らしてた)

主演の二人が実際に恋人同士になったというニュースにも微笑みが止まらないよ。

少し時間を置いてふたたび見返そうと思っている。韓国ドラマって何度繰り返し見ても「持ち」がいいんだよね。以前ハマった『屋根部屋のプリンス』も何回も見たっけ。

ふう。やっと書けた。なんとなーく最近すっきりしない感じが続いてるんだけど、まあそういう波なんだろうね。毎日特に何もないけどそこそこ幸せ感じてるし、断捨離(なんとまだ完全終了ではない)していくうち、本当に自分のテンションが上がるものだけを買おうと思えるようになったし、本当にテンションが上がるものだったら金額気にせず買ったほうがよい、とも思えるようになって調子は悪くないはずなんだけどね。年末ジャンボで1000万当たらなかったんだからまあ調子は上がんないよね笑。(本当に当てる気でいた笑)

いろんなことが気になっていろんなことを高速で考え続けている毎日だ。どれ一つ答えは出ないんだけど、まあそういう時期なんだろうし考えるのは嫌いじゃない。誰とも喋らない時期があった人間としては、その間の脳内祝祭みたいなこと悪くなかったなと思えるんだよね。今は情報が多すぎてうるさいかもしれない。自分の宴に集中できないっていうか。SNSちょっとうるさくなってきたな。クセで見てしまうけど。twitterは特にしんどいかもなあ。

clubhouseとかDispoとか新しいSNSも話題だけど、今の私は少々用心深く重くなっているのでハイやりますという気分にはなれないかな。ていうか時間!!時間を何に使うのか!!っていうことでね。これ以上SNS的なものに時間取りたくないかもしれない。SNSに写真をあげることにもちょっと意味がわかんなくなってきてる。はてさて。

友達としゃべってて、「固有名詞が出てこない!」「これを表すにはこれ!っていう適切な語句が出てこない」「…語彙力!!」ってなる瞬間がマジで多いので、ほんと紙の本読まないといけませんね。頭の中が忙しくて落ち着かないから紙の本読んでも2ページぐらいですぐ「あっ」て何かひらめいてノートにメモしたりして全然進まないんだけど、本の世界にどっぷり没入したい。一日三冊読める日もあるんだけど読めない日は全く何も読めないからな。。

フィルム現像7本出して、また新しいフィルムを10本注文した。新しいデジカメはまだ買っていない。私にはデジタル不要なんかな、、悩ましい。デジタルで撮れるものもあるはずなんだけど。まー安い買い物じゃないですからね。この際だからもうしばらく悩もう。誰にも急かされてないんだから。

カロリーに泣く

2021-01-30

痩せたい痩せたいと言いながら、明日から明日からと思ってきた結果のこのボディ、いやバディ。(どっちでもええわ)タイトなジーンズにねじこめる日まで一体どれだけかかるのやら…

とか思うのも、もーやめだ、やめだ!

さっさと痩せればいいんでしょ痩せれば!!と誰に怒っているんだか。自分にです。さっさと痩せようね!!

エクササイズや筋トレは今週から本気モードに突入。ま、食べる量はそれほどでもないからざっと見て「少し」減らせばいいや、と思ってたんですね。だって、痩せていた若い頃は今の1.5〜2倍は食べてましたから。

でもふと、自分の今の摂取カロリーってどんくらいなんだろうな?って気になってきて。

今は便利ですねぇ〜。食べたもの入れたら自動で計算してくれるよ。やってみました。

…もうさ、入力して数値が表示されるたびに「え、うそ」「まじ」ってなって、その日の昼までに食べたものを入力し終えた時点でもう1300kcalぐらい行っちゃってたんですね。ふつうの成人女性に許された摂取カロリーは1800〜2000kcalです。残り500kcalぐらいしかないやん。夕飯どうすんの。

500kcal 献立 で画像検索してみると、

じゃーん。こういうのが出てくるわけです。そ、そうか…。

あじの開きが焼鮭に変わったり小鉢が冷奴になったり、という小さな変化はあれど、500kcalとはだいたいこのようなものらしいのです。

私、粗食は大好きなんです。本来こういうごはんで十分と思っている。なんなら、ゆかりやごま塩をまぜたご飯軽く一杯にお新香、少しの魚か肉、お味噌汁でいんじゃね?という究極の考えも持っている。と言いつつ、ここ十年ぐらいはけっこう食べちゃってたなーということを思い知りました。

「今日ちょっと少なめかな」という日でもこれを軽く超えていたよね。実家暮らしなもので、自分では「これでいい」と思うものを少しだけ食べようとしても、母が後からあれやこれや出してくるわけですね。これからは、それもうまく断っていかなければいけませんね。

カロリー計算してみてわかったのは、三食以外のものが足を引っ張っているということでした。私はコーヒーを一日4〜5杯飲むのですが、昔ほどではないにしろ砂糖もミルクもいれる派です。そのカロリーがバカにならない。あとは帰宅して「は〜疲れた〜」という時に何かおやつを食べちゃうんですね。今は気にしているのでスープ春雨などでごまかしてますけど、以前はがっつりドーナツとか食べちゃってました。はいダメ〜〜。

結構くせ者なのが、職場の差し入れですね。営業さんや取引先の方が持ってきてくださるのは大変ありがたいのですが、本当にもう二度とおいしそうなものを持ってこないでください!!!泣

でもなんかいいね、カロリー計算。意識できるようになったことは大きな一歩だ。昼までに食べた分のカロリーを集計して、その後の夕食や飲酒量を調整するといいかも。ん〜、あたたかくなる頃までにどれだけ絞れるかな〜〜。

いよいよ新しいカメラを買う気持ちも高まってきました(やっとだよ)。夜間撮影もサクサクできるやつを買って、まだ寒いけれどしっかり防寒して夜の撮影に出かけるのもいいなと思ってます。

やっぱり思ったんです、鏡見て。私に「デブ」は似合わないって!(いい人そうには見えるけど!)体も動かしづらいし、結構マジな感じで健康が心配になってきまして。若くないのでね、気をつけていかないと。やっぱり死ぬまでなるべく元気がいいよ。健康な自分を育てよう。