胃がん手術20分前の母と、退院してから好物のホヤを調理した際の写真。この企画展のテーマを見た時、頭に浮かんだのがこの2枚の写真だった。
2019年11月、「食べたものが詰まって落ちていかない感じ」という自覚症状で受診した母は、検査後あっさり「胃がんですね」と告知を受けた。大きな病院ですぐさま入院、手術の運びとなった。まだコロナ前だったこともあり、病室には家族や親戚が集まり、たくさんおしゃべりをして励ますことができた。母も初めてのことでおそらくテンションが上がっていただろうし、みんなに応援されたことで、こんなにピカピカな笑顔なのである。
手術で胃の3分の2を切除して戻ってきた母は、それまでのように食べられなくなっていた。お腹はすくし食欲もあるのに食べると苦しい。たくさん食べられない。少しずつ、だましだまし、分けて食べることになった。抗がん剤治療が始まってからは、薬の副作用で味覚が変わり、好きだったものがおいしく感じられないという辛さもあったようだ。私は今後のためにも食に気を使うべきだと考え、医師にどんなものがよいか聞いてみたのだが「なんでも食べられるものを食べてください」とだけ言われた。その意味が、母を見てわかった。そもそも食べられないから、食べられるものを食べるしかない。体にいいとか悪いとかを考えて選ぶ余地はなかった。
私が暮らす青森県の鰺ヶ沢町というところは、海と山に囲まれた自然豊かな場所だ。とれたての山菜や、港で揚がったばかりの魚介類を知人からいただくことも多い。そういう時、母は張り切って山菜の下処理をし、腕まくりして大きな魚も包丁一本でさばき、喜んで食べた。町のスーパーにも色々なものが安く並ぶ。ホヤもその一つで、母は見つけると「ホヤだ!」と喜んで買い、自分で調理して食べていた。切り取られて小さくなった母の胃袋に、ホヤが吸い込まれていくのをいま私は想像する。失われたものの一部になれたらよかったのに。
母は2年前に亡くなった。死後しばらくは父も私もまったく食欲がなくなり、ため息をつきながら無理やり押し込むように食べていた。今は私が毎日料理している。好みや味覚の違う父の分も毎日作ることが負担になり、惣菜や加工食品、冷凍食品などに頼ってみたこともあったが、正直口に合わなかったし添加物も気になった。あれこれ悩みながら結局たどり着いたのは、この土地のもの、旬のもの、新鮮なものが一番おいしいということだった。それなら父の好みにも合う。あれこれいじりまわさなくても、ただ焼いたり茹でたり蒸したりして、シンプルな味付けでいただく。飲み物は水がいい。時には「毒をくらうぞ〜!」と割り切ってジャンクフードを楽しむのもいい。自分で野菜を作ってみるのも面白そうだ。そうやって、できるだけシンプルに考えたら気持ちが軽くなってきた。複雑さを増していくこの世の中、食べ物も多種多様ではあるけれど、どうやら私は身軽でシンプルに生きていきたいらしい。それに気づけて、心は晴れやかだ。
Numari
『食と暮らし』 #02 - CAN'T EAT!
7.10(木)-7.21(月・祝)
PARK GALLERY(東京・末広町)
月木金 16:00-20:00
土 日 12:00-19:00
火水休・入場無料



