夜のヒトリーレストラン

2018-04-04

図書館の帰り、いつもならフードコート飯にするところですが、この日はなんとなくファミリーレストランを選びました。ファミリーじゃなくてごめんなさい。新人っぽい店員の女の子が「1番、おひとりさまご案内でーす!」と叫ぶ。ちょっとちょっと、声が大きいよ。

 

照明の色がおかしくて、補正してもこんな色。

トマトスパゲッティと、Sサイズのマルゲリータピザ。

積極的にまずいというわけではないのだけれど、ちっともおいしくなくて驚きました。自分で作ったほうがおいしいと思う。私は辛党ではありませんがハバネロソースに助けられました。ハバネロ味にしてようやく食べられる感じ。(このソース欲しいな)

いえ、味は重要じゃないんです。おいしいものを食べたかったらここには来ません。私が求めていたのは場所です。

本当は深夜のファミレスがベストなのですが、この日は平日20時半。田舎なので客はまばら。客の話し声、店員を呼ぶチャイムの音、食器がカチャカチャぶつかる音、皿の上でフォークをひきずる音、いらっしゃいませ〜。

ファミレスの環境音の中でおいしくない料理を機械的に口へ放り込みながら「なにも考えない」ことが最高なんです。その場に自分を紛れ込ませて無になれる。

無、無、無

無の世界から煩悩だらけの世界に戻ってきた時、わたしの脳裏には「青森にロイヤルホストができたら最高なのになあ」という考えが浮かんでいました。

 

Majiでhoeする5秒前

2018-04-03

この、腰の引けた写真を見てください。

犬、遠っ!
広角レンズの試し撮りも兼ねていたので通常より画角が広いということはありますが、完全にビビっています。ピンボケだし。

わたくし、犬は大好きでございます。できればどんな犬とも仲良くしたいと思っております。ですが、悲しいことに、町歩きをしていて見知らぬ犬に遭遇し吠えられる確率は9割。当然といえば当然かもしれません。彼らは番犬という位置づけで外飼いされているのでしょうから吠えるのも仕事のうちなのです。

目と目が合ったらミラクル。Majiで吠えられるまでに5秒の猶予があることを私は経験上知っています。彼らもすぐに吠えはしません。最初はキョトンとしています。「ん? なんだこいつは ?」とこれまでインプットされた視覚・臭覚・その他情報を総動員して「ああ隣のオッサンだな」とか「近所の悪ガキだな」とか判断して吠える吠えないを決めています。(たぶん)
登録情報のない者には容赦しません。不審者にロックオン!吠えまくります。はいはいはいはい、すいませんすいません、すぐにその場を立ち去ってもしばらく吠え続けます。たいしたものです。

上の写真はまさに、その5秒間に撮ったものです。
日曜の昼間、気持ちよく昼寝していたのでしょうね。起こすつもりはなかったのですが番犬ゆえの警戒心の強さでしょうか、私の気配は簡単に察知され彼は薄目をあけました。次の瞬間サッと立ち上がってファイティングポーズを取り「ワンワンワンワン!!!」飛びかからんばかりに吠えかかってきました。
はいはいはいはい、すいませんすいません。


ひとしきり散歩した帰り道。あの犬の家にさしかかりました。私はおそるおそる反対側を静かに歩き、


ミラーに映った彼を撮ることしかできませんでした。

 

Too much raisins

2018-04-02

過ぎたるは及ばざるが如し。

青森のスーパー『カブセンター』でその過剰さにひかれて買いました。パッケージと中身が合ってないじゃないかって? これはカブセンターのベーカリー「クロワッサン」のロゴなのです。


このパン、名前がいいんですよ、ぎっしりでもずっしりでもない『どっさりレーズン』。「どっしり」は言うことあるけど「どっさり」って言葉あんまり使わないからなんだか楽しくて、どっさりとどっさりを言いたくなります。どっさりどっさり。

スライスした冷たいバターをのせて食べてみました。

「こなあああああゆきいいいいい!」
間違えました。
「おおおおお多いなああああああ!」
レーズンが大渋滞して殴り合っているところをパンが遠目で冷ややかに眺めている感じになってしまっています。レ・レ・レーズン! パンはどこへ消えた?私は生地が好きなのだ! 例えば薄皮まんじゅう!あんなものヘタレだ! たい焼き!皮は分厚くてナンボ! あんこだけを崇めて皮を虐げる風潮は間違っている!ククク、皮の野郎なんざパリッパリの薄っぺらにのしてやったゼ的な仕打ちは許せない!

そんな奴が『どっさりレーズン』なんて買うなよとあなたは思うのでしょうね。 私もそう思います。そもそも私たちは矛盾を抱えた存在なのです。生きるのがつらいです。文章まで過剰だ。レーズンのせいだ。

 

あと3枚残っています。なんでしたらこれを具にして新たなパン生地で包んで焼きたい気持ちです。
あなたならどんな食べ方をしますか?

蛍の光 第3回 旧岩手教育会館

2018-03-27

旧「岩手教育会館」(盛岡市)

1965年 竣工。(菊竹清訓建築設計事務所)
2015年 建て替えのため解体。


一部がせり出していてかっこいいです。


ゆる〜く湾曲しています。


定礎までいい。

2012年6月、本のイベントのために来盛した私は、以前から雑誌等で知っていたこの建物を実際に見てみたくなり、訪れました。スッとすました顔で街なかにデ〜ン!と鎮座するその迫力に驚き、これは広角レンズじゃないと上手く撮れないぞ、だが私は広角レンズを持ってない!などと、じりじりしながら向かい側の芝生に寝転び、グラビアアイドルを追っかける熱心なファンのおじさんよろしく鼻息を荒くして下から舐めるように撮りました。すぐそばの盛岡城跡公園(岩手公園)から撮ったほうが効果的だということを後に知りましたが当時はなんの予備知識もなかったため、あくまでも接近戦。ファインダーにおさまりきれない被写体を抑えきれない衝動だけで撮りました。この日は中に人がたくさんいたので内部の撮影は遠慮したのですが、翌年改めて内部を撮影したものが…えーと、あるにはあるのですが、友人とふざけて撮った写真しかなく、まさかそのあと建て替えのために解体されるとは思わなかったので完全に失敗です。こういうとこツメが甘いです。中も素敵だったんですよ。


くるりんとしたフォントも可愛い「カフェテラス 白鳥」 (2013年5月撮影)

 

建て替えの理由をざっくり書くと、公園から岩手山を眺められるように4階建ての建物にしよう!ということらしいです。つまり、本来は盛岡城跡公園(岩手公園)から岩手山が見渡せるのですが、この7階建ての建物が邪魔になっていたようです。公園側に立つ人にとっては邪魔かもしれないけれど、この建物内の人たちには城跡公園も岩手山も見れてさぞかし絶景だったことでしょう。
実際、公式ホームページの概要には

広大な庭園「盛岡城跡公園」。その四季折々の景観は、当会館からの眺めに勝るところはないのではと自負しています。

という一文があります。そしてまた、私にとってはこの建物こそが絶景だったわけなんですけどね。でもまあ、見晴らしのいい公園から山を眺めたいっていう人が大多数なんでしょうね。うん、わかりますよ、山が見えたらうれしいですよね。

 

竣工から50年経って(建って)いたわけですから耐震基準の問題も含め、「お役目を終えた」という納得のしかたもあるのかもしれません。

いい動画を見つけました。ありし日の、活気ある岩手教育会館の姿です。

 

おや、蛍の光が流れてきましたね。そろそろおいとましましょうか。
なお、新しい岩手教育会館は、まもなく開館ということです。
(2018年3月27日現在 ヌーヨーク調べ)

 

第2回へ

西新宿のこと

2018-03-21

どこに出すわけでもないのに「西新宿」というタイトルで書きかけていた一年前の文章をデータ断捨離中に見つけたので貼り付けてみます。

『サブカル・スーパースター鬱伝』という吉田豪さんの本を読んでいたら、P119のみうらじゅんさんのページに、ポール牧さんがサイン色紙によく綴っていたという「ドーランの下に涙の喜劇人」という言葉が出てきて、ふーんと思いながら「そういえばポール牧さんて西新宿に住んでたよなあ」と思い出した。私が二十歳ぐらいの時、西新宿にあった友人のアパートへ遊びに行く途中「ここにポール牧が住んでるんだよ」と教えられたマンションがあった。のちにポールさんは自宅マンションから飛び降りて亡くなってしまうのだが、飛び降りたのはそのマンションだったのだろうか。

などと考えていたら急に西新宿の街を見たくなり、ストリートビューで見ることにした。
しかしもう20年ほど前の記憶である。街だってずいぶん変わっているはずで、「なつかしい」などと思うことができるだろうか。

交差点に面したところに昔ながらのタバコ屋があったよなあ…と思って探してみた。

ここだここだ!


なつかしい。


見えにくいけど青い装飾テントに松葉商事と書いてある。松葉文具店も隣接していたんだな。大体いつも夜に通っていたので店は閉まっていることが多く、タバコは自販機で買っていたような記憶がある。


都庁こんなに近かったんだ。

松葉商事の名前でなんとなく検索してみたら、閉店を知らせる記事が出てきた。
コラムで紹介されたばかりの松葉商事「西新宿6丁目計画」のために取り壊しへ

「紹介された」というコラムが気になり読んでみた。雨宮まみさんが書いたものだ。
都会と下町、まるで違う二つの顔を持つ街「西新宿」
浮かび上がるまでの10年間、しっかりともがいた雨宮さんの愛しさとせつなさと心強さにグッときてしまった。良い文章。ブラジル館ってまだあるのかな、行ってみたい。

私は当時、東京の八幡山というところで一人暮らしをしながら代々木にある学校へ通っていた。そこから歩いていける距離に同じ学校の友人が住むアパートがあって、授業が終わってからよく遊びに行ったものだった。都庁や新宿中央公園、高層ビル群をくぐり抜け、コンビニや牛丼チェーン店、コインランドリー、銭湯などを過ぎ、あらゆる喧騒から逃げ切った辺りにそのアパートはあった。堂々たる近代都市風な街の隙間に、小さな昭和の住宅や昔ながらの商店がポコポコはまっている様子は風情があって好きだった。神田川へ続く遊歩道には素朴な遊具が備え付けられ、日中は子供たちが遊んでいたり、おばちゃんたちが井戸端会議をしていて、絵に描いたようなのどかさだった。

つづく!?

残念ながらここで途絶えてしまっています。一年前の私に続きを書かせたい。それは無理なので一年後の私ががんばって続きを書きます。(以下、過去のテキストに文体を合わせます)

友人宅は、お姫様っぽくて恥ずかしい名前のアパートの2階だった。「ここらへんのアパート仕切ってんのって893らしいんだよね、だからなのかわかんないけど、水商売風の人とか外国人労働者が多い気がする」と友人は言った。6畳ワンルーム、ユニットバス。キッチンは申し訳程度しかなく、部屋のほとんどがベッドとテーブルに占領されていた。その上さらにスニーカーやらフィギュアやら自作の絵だか作りかけの洋服なんかであふれていて、「あ、どうも」知らない人までいたりした。学校に近いこともあって常に誰かが遊びに来ている状態。お香やタバコの煙が充満する中でNirvanaをかけながらゲームをしたり漫画を読んだりデザイン画を描いたり、アイデアを出し合って何か作ったりもした。当時、テレビ東京で放映開始したばかりのエヴァンゲリオンを見た誰かが「このアニメ、超やばいんだよ!!!!!」と騒ぎ出し、「え〜?マジで?」と半信半疑で見た連中みんなでハマってしまい、夜通しエヴァ論を繰り広げたりもした。

結局その友人とは後に仲違いしてしまって今ではどこでどうしているか知る由もない。時々ふと思い出して名前を検索にかけてみるけれど、2時間ドラマの犯人の名前と一致するだけだった。本名で何かやるような人ではなかったから何も出てこなくても不思議はない。もう会うこともないだろうけれど、元気でいてくれればと思う。

私が田舎から部屋探しのために上京した朝、地下鉄サリン事件が起きた。浜松町のバスターミナルに着き、身支度や部屋探しの手はずを整えたあと公衆電話から相模原のおばさんに着いたよ〜と連絡すると「地下鉄に乗っちゃだめよ!大変なことになってる。近くにテレビがあるなら見て」と言われた。待合室のテレビを見ても何がなんだかわからなかった。私の東京暮らしは「地下鉄サリン以後」ということになる。田舎から出てきたばかりの私には、よくわからないオウムやサリンよりも「新宿」という街の方がよっぽど危険なイメージだった。けれど、その後12年間続いた東京暮らしの中で危険な目に遭ったことは特になかったし、一番思い入れがあってなぜか安心できて好きな街といえばやはり新宿なのだった。それも東(も好きだが)ではなく西。なにしろ西新宿にはでっかい「LOVE」がある。

東の賑わいとは違う、ビジネス街の整理整頓された雰囲気、足早に歩くサラリーマンたち、壮観な高層ビル群、通好みのレストラン、コンランショップ、下町風情のなつかしい街並み、新宿中央公園とホームレス、どれもが爽やかな朝の風のにおいを伴ってまぶたの裏によみがえってくる。

友人宅でワイワイやって朝帰りということも珍しくなかった。平日朝の西新宿を、これから仕事へ向かうサラリーマンと逆方向に新宿駅までぶらぶら歩くのがたまらなく好きだった。その途中、みんなでなんとなく高層ビルのそばに置かれた背もたれのない平らなベンチに座る。ビルと対面する格好で数人が横並びに座り、そのまま「あ〜」っと仰向けに上体を倒してみる。空が青い。眼下に広がる高層ビルが世界の果てまで続いていて、先端まで歩いていけそうな気がする。みんなで足をバタバタさせて「気持ちいいー!」

西新宿の平日朝の光景は、今思い出しても気分がすーっとする。あれからみんな、何かになれただろうか。何にもなれなかった私は、世界の先端に立つこともなく舞い戻ってきた田舎でこんな文章を書きながら、まだ足をバタつかせている。

(文中のスナップ写真は2011年に西新宿で撮影したものです)